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日々のうた

文化・科学 | 神奈川新聞 | 2023年12月4日(月) 12:00

2024年3月の選者詠:金子美知子

ひと筋の歩みに草花を抱き

 詩作の好きな少女が就職先で先輩から川柳を見せられ、川柳の認識を変えた。十七音字の表現で誌的描写を感じたからである。その後、おもに川柳が趣味となり、子育てで中断はあったが四十数年。家庭をだいじに、義母への気づかい等、多々あった苦渋で挫折に陥ったこともあるが、風雨にもめげず日に向かい花開く強さの草花を思い歩み、米寿を迎える。行く道も人との出会いを大切に、草花に倣い足跡をしるしたいと思っている。

かねこ・みちこ 1936年、横浜市生まれ。56年、中野懐窓に師事。74年、「路」吟社同人。2003年、「路」主宰。19年、「路」名誉主宰。全日本川柳協会常任幹事。句集「胡蝶花(しゃが)の眼」(洛陽出版印刷)。2000年から選者。横浜市保土ケ谷区在住。

2024年2月の選者詠:復本一郎

春待つやゲラ刷りに朱を入れながら

 今年、81歳になる。間違いなく正真正銘の老爺(ろうや)であるが、元来、能天気な性分、いまひとつピンとこない。相変わらず、子規、子規の日々を過ごしている。

 旧年末、子規自筆の断簡を入手して大よろこびしている次第である。そんな中、春過ぎに編著「正岡子規スケッチ帖」なる文庫本を出すことになっている。これまた、うれしいことである。が、その前に校正の作業が残っている。校正は大の苦手。なおのこと慎重を期さなければ。

ふくもと・いちろう 1943年、愛媛県生まれ。国文学者。俳句の師系は正岡子規。著書に「正岡子規伝-わが心世にしのこらば」(文部科学大臣賞受賞)など。神奈川大名誉教授、神奈川文学振興会評議員。2012年から選者。22年度神奈川文化賞受賞。横浜市港北区在住。

2024年1月の選者詠:今野寿美

新しき年の心に見るときを裏も表もない雪の富士

 山梨県の富士吉田に滞在したとき大きな窓に迫る富士山には文句なしに圧倒された。富士五湖の岸辺から見る姿こそまことの山の美しさではあるけれど、あの存在感は格別だ。

 県内ではかねて裏富士という呼び方がされた。表日本、裏日本があるのを受けたものか、静岡県側から見るのが表、らしい。でも、今は裏日本といわなくなったし、あの富士山の威容はウラの印象じゃないよなぁ、と伴侶の故郷に妙に肩入れしているわたしである。

こんの・すみ 1952年、東京都生まれ。79年角川短歌賞、89年現代短歌女流賞を受賞。歌書、歌集「さくらのゆゑ」など。92年、夫で歌人の三枝昻之氏と歌誌「りとむ」創刊。宮中歌会始選者。97年から神奈川歌壇の選者を務める。川崎市麻生区在住。

2023年12月の選者詠:加藤ゆみ子

桐壺の巻に始まるショータイム

 長い夏の後にやっと読書の季節が訪れた。新しい小説を読み始める時、いつもその入り口でちょっとした戸惑いを感じてしまう。これから出会うであろう多くの登場人物と、それぞれが背負っている背景の理解に時間がかかるためだ。読み進めるうちに主人公と一体化していくのが心地よい。千年余り前、あの壮大なストーリーを組み立てた紫式部。「源氏物語」の最初の巻「桐壺(きりつぼ)」が、きらきらと輝く54帖(じょう)の世界に導いてくれる。

かとう・ゆみこ 1954年、山形市生まれ。元公立高校教諭。川柳研究社、川柳「路」吟社、川柳宮城野社などに所属。「精鋭作家川柳選集 関東編」(新葉館出版)所収。川柳こぶしの会(藤沢市)、ユーキャン川柳講座で講師を務める。横須賀市在住。

2023年11月の選者詠:星野高士

初鴨に小波寄りてゆく早さ

 俳句は座の文学であるが、新型コロナウイルスの5類移行後もオンラインやズームでの句会や講演依頼が来ている。これはこれで一生会わなかったであろうと思う方々とつながりを持てる。先日も各地の方々とそういった形で句会を行った。今の画面は想像を超える鮮明なもので、まるで同じ時間、同じ場所を共有しているようであった。面白いのは、近所にいてもこの方法でよいところ。しかし、どこかむなしいこともある。

ほしの・たかし 1952年、鎌倉市生まれ。祖母・星野立子に師事し、10代から句作。2023年、句集「渾沌」で詩歌文学館賞、俳句四季大賞、第1回稲畑汀子賞受賞。「玉藻」主宰。「ホトトギス」同人。鎌倉虚子立子記念館館長。鎌倉市在住。

2023年10月の選者詠:佐佐木定綱

小田原の晴れわたる夏 無頼派の雲ひとりきり立っておりたり

 この夏、小田原に行った。自転車を借り、佐奈田霊社や尊徳記念館などを巡ったのだ。8月は地獄のような暑さで、責め苦を受けているように息も絶え絶えになり、滝のような汗をかき、自転車はやめておけばよかった…と生きてきたことを後悔しそうになったが、街を抜けると、美しい入道雲を見ることができた。完璧とも言える入道雲だ。それは頼るものがなくても天の高みへ手を伸ばしているようだった。表現者として身の引き締まる思いだった。

ささき・さだつな 1986年、東京都生まれ。成城大学大学院修了。2017年、角川短歌賞受賞。19年、歌集「月を食う」で現代歌人協会賞受賞。「心の花」所属。川崎市在住。

2023年9月の選者詠:荻原美和子

情のある会話に和むケアホーム

 高齢化が進み、介護施設に入居する高齢者が増えている様子。事情はいろいろでも、他人との関わりに気を使うであろう日々。心が通い合う話し相手がいれば気分も安らぐはず。ヘルパーの「愛」が孤独なホームの住人に手を差し伸べて、笑顔が増えるようになればと、切に願うばかり。言葉の持つ力を信じて、楽しい会話に包まれる高齢者の笑顔を大事にしたいと思う。

おぎわら・みわこ 1944年、東京都生まれ。本名・和子。1981年、竹本瓢太郎に師事。川柳きやり吟社社人。全日本川柳協会常任幹事。2014年から選者。横浜市鶴見区。

2023年8月の選者詠:松尾隆信

日本中蝉しぐれなり広島忌

 「河童忌も不死男忌も過ぎ炎熱忌」という自作の句がある。河童忌は芥川龍之介の忌日で7月24日。翌日が私の師・秋元不死男の忌。炎熱忌は8月5日で中村草田男の忌。その翌日が広島忌である。セミはこの頃、ニイニイゼミから鳴き出し、アブラゼミ、ミンミンゼミが盛り。広島、長崎ではクマゼミも盛んだ。ヒグラシとホウシゼミも加わる。広島のための祈りにとどまらず、「ノーモア・ヒロシマ」を願う人々の声として世界中に染み入るセミの声であってほしい。

まつお・たかのぶ 1946年、兵庫県生まれ。山口誓子、秋元不死男、上田五千石に師事。98年、「松の花」を創刊。近著に「上田五千石私論」「星々」など。俳人協会評議員・県支部長。横浜俳話会参与。2017年から選者。平塚市在住。

2023年7月の選者詠:谷岡亜紀

遠くゆく者よ泉は溢れつつ 羯諦(ぎゃてい) 私も明日旅立つ

 4年前に母を、2年前に父を亡くした。私もいつの間にかそのような年齢になった。葬儀は両親とも自宅で行い、「般若心経」を誦(よ)んで見送った。その「般若心経」の最後に、「羯諦」という不思議な言葉が出てくる。経本では「行こう」と訳したりしているが、生命科学者の柳澤桂子さんは著書「生きて死ぬ智慧」でこれを「行く者よ」と訳している。私たちは誰もが、つかの間この世に生を受け、どこかへ「行く」途上を生きている。

たにおか・あき 1959年、高知県生まれ。「心の花」選者。現代歌人協会賞、前川佐美雄賞、寺山修司短歌賞、若山牧水賞などを受賞。歌集「風のファド」「アジア・バザール」「ひどいどしゃぶり」など。2015年から選者。茅ケ崎市在住。

2023年6月の選者詠:金子美知子

秒針を止めて夕日に語る今日

 朝の目覚めから夕方まで、時計の動きと共に川柳講座、句会、会合などの日程をこなした後、素の自分になれる夕日が好きでたたずむことが多い。青春時代は家の近くの陸橋からで、今は長年住んでいる場所の裏道の細い坂から。赤く染まった空を見上げ、徐々に薄い光で沈む日に失敗談や喜びなどを素直に話す時、秒針は動いていない。心が無になり今日の幕が下りる。活力が湧く朝日に始動、心身の疲れを癒やす夕日に止まる私の時計。

かねこ・みちこ 1936年、横浜市生まれ。56年、中野懐窓に師事。74年、「路」吟社同人。2003年、「路」主宰。19年、「路」名誉主宰。全日本川柳協会常任幹事。句集「胡蝶花(しゃが)の眼」(洛陽出版印刷)。2000年から選者。横浜市保土ケ谷区在住。

2023年5月の選者詠:復本一郎

教室から唱歌聞こえて五月光

 正岡子規は、没年の1902(明治35)年、2冊の画集「果物帖(くだものちょう)」「草花帖(くさばなちょう)」を残している。病臥(びょうが)の中での「写生」であるから「枕ニ頭ヲツケタマヽ」行われた。それでも「僕に絵が画けるなら俳句なんかやめてしまふ」とつぶやくほど絵を描くことが大好きだった。

 俳句、短歌と同じように、絵を描くことも「写生」によって。「南瓜(かぼちや)より茄子(なす)むつかしき写生哉(かな)」「朝皃(あさがほ)や我に写生の心あり」など、「写生」体験をそのまま俳句化した作品も残している。

ふくもと・いちろう 1943年、愛媛県生まれ。国文学者。俳句の師系は正岡子規。著書に「正岡子規伝-わが心世にしのこらば」など。神奈川大名誉教授、神奈川文学振興会評議員。2012年から選者。22年度神奈川文化賞受賞。横浜市港北区在住。

2023年4月の選者詠:今野寿美

制服ならしかたがなくてスカートを着るとふ少女昔もゐたりき

 セーラー服に憧れていたのに、縁がなかった。入学したのは往年の男子校で、大方男子が中心。制服も詰め襟でこそなかったが、男子に合わせた紺のスーツにネクタイだった。バックベルトが伝統で、後ろ姿がやけに目立った。その制服も私の在学中に廃止され自由服となって、そのはるか後、学校は区立の中等教育学校に変身した。先年、出前授業に行ったら女子はすてきなセーラー服姿であった。短歌創作は、男女ともなかなかさえていた。

こんの・すみ 1952年、東京都生まれ。79年角川短歌賞、89年現代短歌女流賞を受賞。歌書、歌集「さくらのゆゑ」など。92年、夫で歌人の三枝昻之氏と歌誌「りとむ」創刊。宮中歌会始選者。97年から神奈川歌壇の選者を務める。川崎市麻生区在住。

2023年3月の選者詠:加藤ゆみ子

思春期の夢は方眼紙を嫌う

 旅立ちの季節である。コロナ禍の中で3年を過ごした中高生も卒業を迎える。やわらかな感性を培う大切な時期を、息を潜めるように生きてきた生徒たち。仙台育英高校野球部監督の「青春って、すごく密なので」という言葉が心に響く。コロナが収束し、本来の学校生活が戻ることを願ってやまない。

 川柳を始めたばかりの頃に勉強させていただいた柳壇の選を、身の引き締まる思いでお受けしました。よろしくお願いいたします。

かとう・ゆみこ 1954年、山形市生まれ。元公立高校教諭。川柳研究社、川柳「路」吟社、川柳宮城野社などに所属。「精鋭作家川柳選集 関東編」(新葉館出版)所収。川柳こぶしの会(藤沢市)、ユーキャン川柳講座で講師を務める。横須賀市在住。

2023年2月の選者詠:星野高士

浅春の埠頭に迷ひ烏かな

 神奈川県はかなり広い。母の星野椿が長い間この俳壇の選者をやっていたが、今年から後を継ぎ、この欄の選者をさせていただくので、よろしくお願いしたい。その広い神奈川の中でも横浜本牧の三渓園は虚子の句碑もあり、毎月1回30年近く吟行で訪れている。春夏秋冬こんなに楽しめて、俳句が作りたくなるところもそうはない。また、港から遠汽笛が聞こえてくるところも異国情緒たっぷり。行く度に違う顔を見せてくれるのも好きだ。

ほしの・たかし 1952年、鎌倉市生まれ。祖母・星野立子に師事し、10代から句作。句集「渾沌」など著書多数。「玉藻」主宰。「ホトトギス」同人。鎌倉虚子立子記念館館長。NHK俳句(第3週)出演中。鎌倉市在住。

2023年1月の選者詠:佐佐木定綱

一年の果てに座りて盃の新年に口近づけている

 大みそかが好きだ。とりあえず終わらせてくれるのがいい。連綿と流れる時間にひとつの切れ目を入れてくれる。そしてその切れ目の端に座って、だらだらと酒をあおりながら、あらたまの年に飛び移る準備をする。新年ははやり病も世界情勢も落ち着いて、そのうえ酒臭くもない気持ちの良い空気が吸えるようにと願いながら。

 今年から選者をさせていただくこととなりました。よろしくお願いいたします。

ささき・さだつな 1986年、東京都生まれ。成城大学大学院修了。2017年、角川短歌賞受賞。19年、歌集「月を食う」で現代歌人協会賞受賞。NHK短歌(第4週)出演中。「心の花」所属。川崎市在住。

 
 

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