俳優が舞台に姿を現すだけで物語が転がり始める。そんな演劇もあるのだ。極道者と、彼らに寄生し利用する悪徳刑事と、それぞれの子世代。運命の泥沼に首まで漬かったような悪者ばかりが居並ぶさまは戯画的で、だからこそ人間の本性があらわになった。
歌舞伎の人気演目を現代劇に翻案したKAAT神奈川芸術劇場(横浜市中区)の新作「湊横濱荒狗(みなとよこはまあらぶるいぬの)挽歌(さけび)~新粧(しんそう)、三人吉三(さんにんきちさ)。」。演出のシライケイタの言う「俳優至上主義」がふに落ちた。何しろ刑事の渡辺哲、ヤクザの山本亨とラサール石井のワル3人組のたたずまいがいい。大柄な体を高笑いで揺らす渡辺、三つぞろいのスーツでボスの威厳を漂わせる山本、猫背とだみ声に卑屈さを映す石井。それだけで見て良かった。
綿密に作られた舞台美術も堪能した。横浜の一角にあるらしい、小さな安ホテル。客は1階のバーにたむろし、時に2階の客室にこもって密談する。支配人役の大久保鷹がまたいい。
それは、すっかり“消毒”された今の横浜にはもうないだろうし、あるいは過去にもなかったかもしれない。だが、いかにも横浜。同じくKAATで6月に上演された「虹む街」(タニノクロウ作・演出)が描いた場末の繁華街しかり、「イメージ上の架空の横浜」の物語性を再認識させられた。
登場人物は悪事の連鎖から抜け出せない。「三人吉三」が主題にした因果応報であり、ダメな部分を自覚しながら、あらがえない人間らしさでもある。古典落語のような包容でも全肯定でもなく、突き放すでもない。引き受ける、だろうか。
玉城裕規らが演じた3人組の子世代は引き受け、乗り越えるべく、もがく。古代ギリシャ悲劇「オイディプス王」以来の「父殺し」の物語だが、父の存在感は大きすぎたかもしれない。終盤、無敵の悪役かに見えた刑事に老境の男らしい迷いが宿る。渡辺の背中が小さく見え、息をのんだ。
脚本は「三億円事件」などを手掛けた気鋭の野木萌葱。8月27日から9月12日まで上演。