日本人の父と韓国人の母を持つ双子を主人公に、さまざまな文化や性差を超えて傷ついた人々の心が結び付く様子を描いた映画「湖底の空」が、25日から横浜シネマリン(横浜市中区)で上映される。同市青葉区在住の佐藤智也監督(57)は「今、自分を肯定できない人が多いが、手を差し伸べてくれる人は必ずいる」との思いを作品に込めた。
日本、中国、韓国で撮影を行い、双子の姉「空(そら)」と弟「海(かい)」をはじめ、さまざまな文化を背景に持つ人々が登場する。佐藤監督は「国と国の間では歴史的にいろいろな問題はあるが、人間対人間のドラマを描きたかった」と話す。
特に「サバイバーズ・ギルト」と呼ばれる、戦争や災害などで生き残った人が抱える罪悪感を大きなテーマにした。「東日本大震災の後で広く使われた言葉だが、大きな災害がなくても、現代では自分が生きていることに肯定的になれない人が多いと感じている。そういう人たちへの救いを描きたかった。手を差し伸べてくれる人は必ずいる。諦めずに生きていてほしい」 きっかけとなったのが、双子の女性の体験談を聞いたことだった。生まれた時からずっと一緒で、周囲にも2人で一組だと認識される。「『1人が死んでしまったら、自分も死ぬんじゃないかと思っていた』と聞いて、興味を持った」
海は自らの性に違和感を持ち、成長して性別適合手術を受け、名を「海(うみ)」と変え、女性として暮らしている。そんな海に対して、ある罪の意識を感じている空は、好意を打ち明けられた相手に「自分は海だ」と言ってしまう。
複雑な関係性にある双子を演じたのは韓国のイ・テギョン。一人二役だが、演じ分けが巧みで同一人物だと気付きにくいほどだ。撮影の2カ月前に来日し、2日をかけて役について監督と話し合い、台本をじっくり読み込んだという。
性別が成長過程で決まる種も存在する自然界を引き合いに「性別の決定は、あやふやなものだと感じている。性的な外見を全く気にしない社会が、どうやったら成立するのか」と問う。トランスジェンダーや同性カップルが「普通に存在して、回りも意識しない」社会の在り方を、作品を通して訴えている。
双子が育った湖のある地は、韓国の地方都市、安東(アンドン)で撮影した。「映画に対する認識度が日本より高く、撮影しやすかった」と振り返る。湖の描写には不気味な気配が漂う。全体としてノスタルジックな雰囲気もあり、時代を特定しにくい不思議さがある。こうした作品の持ち味もあって、「ゆうばりファンタスティック映画祭2020」でグランプリと批評家らによるシネガーアワードをダブル受賞した。
高校生の頃、芸術的な作風で知られるタルコフスキー監督のSF作品に魅了されたという佐藤監督。次回作では、自己肯定感を引き続き描きつつも、題材をゾンビに据えている。「親しい人がゾンビになったらどうするか、それがゾンビ映画の肝ですね」
25、26日午後7時からの上映後に佐藤監督が舞台あいさつを行う。26日は出演俳優のみょんふぁも登壇。
映画「湖底の空」佐藤智也監督インタビュー
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チラシを手にする佐藤智也監督=神奈川新聞社 [写真番号:827473]
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一人二役を務めたイ・テギョン。「湖底の空」の一場面 [写真番号:827474]