団地再生に立ちはだかる「5分の4」の壁
専門家も「難しいと思った」建て替えが横浜で実現するまで
PR | 神奈川新聞 | 2023年3月18日(土) 00:00
「団地再生」が全国的な課題となっている。その中でもとりわけ難しいのが、1つ1つの住宅に別々の所有者がいる分譲型(マンション型)団地の再生だ。高度経済成長期以降、都市近郊を中心に整備が進んだ団地では、半世紀を経た今、建物や設備の老朽化や住民の高齢化が進んでいる。建物の修繕を続けるほか、一括建て替えも選択肢だが、決議には「全体の5分の4以上、各棟の3分の2以上」という高いハードルがあり、団地の規模が大きくなればなるほど可決は難しくなるとされる。
4階建て18棟、総戸数456戸。横浜市郊外にある桜台団地(青葉区)は、これだけの大規模ながら、横浜市住宅供給公社のサポートのもとで一括建て替えを決議するに至った。専門家も「難しいと思った」と話す多数の合意がなぜ実現したのか、探った。
まとまらなかった一度目の建て替え検討
「居住者の5分の4に賛成してもらうための合意形成なんて、実はしていないんです」。
桜台団地マンション建替組合理事長の鈴木実さん(68)は、可決までの経緯を振り返りながら、さらりと言った。
同団地は東急田園都市線・青葉台駅が開業した1966年、駅から約1キロメートル北側に完工。県住宅供給公社が分譲し、入居者はまちの発展とともに時を過ごしてきた。
それから30年以上がたち建物も老朽化が進み、団地再生のあり方が本格的に議論されるようになった。建物の修繕計画を作成したことをきっかけに、2004年には住民らによる建て替え調査委員会が発足した。民間の不動産企業とコンサルタント契約を結び、説明会を実施するなどして建て替えに向けた合意形成を試みたものの、話し合いの場は紛糾。「今考えればささいなきっかけで団地内が賛成派と反対派に二分してしまった」と鈴木さん。程なく世界経済を襲ったリーマン・ショックの影響で、民間企業も桜台団地から撤退していった。
合意形成ではなく、各人の意思決定を
一度目の建て替え検討がまとまらなかったことで、頓挫したかに見えた同団地の建て替え事業。一方で、団地再生のためのあらゆる選択肢を慎重に検討していく動きも生まれていた。新たな委員会では、鈴木さんが委員長となり、修繕しながらの維持管理か、大規模改修や建て替えをさらに検討するのかについて、透明性を重視しながら議論を再開していった。鈴木さんは、「住んでいる人の事情はそれぞれ違うはず。皆さんが正確に判断するための情報提供を心がけた」と力を込める。
10年には、「修繕」と「改修・建て替え」それぞれのコンサルタントを選ぶための公開プレゼンテーションを実施。「改修・建て替え」については横浜市住宅供給公社が担当に選ばれ、同時並行での検討が動き出した。
説明会や住民アンケートの結果を踏まえながら、意見交換会や他の団地への視察などが重ねられた。幅広く気軽に議論に参加してもらうために、芋煮会などのイベントも開かれた。「公社はいろんな仕掛けを考えてくれたし、居住者への情報共有も充実していた。よくやってくれていたことが、皆の信頼感を高めていったのでは」と鈴木さん。そのかいあってか、15年には全456戸のほぼ4分の3の賛同で、建て替え推進決議が可決された。
その年には団地集会所で、公社職員による週1回の個別相談会もスタート。アンケートを活用しながら説明会を繰り返したが、その際、「賛成するように説得するのではなく、考えた上で意思表示をしてほしいとお願いし続けた」(公社職員)という。その後、19年10月に全体の5分の4以上、各棟の3分の2以上となる同意を得て一括建て替えが決議された。建物は21年に解体を始め、25年ごろに6棟・計761戸の集合住宅に生まれ変わる予定だ。もともとの居住者の半数弱ほどが、新しい住戸の取得にかかる費用から従前資産額を差し引いた金額を負担し、建て替え後のマンションへ再入居する意向という。
「誘導しなかったから実現した」逆説
一時は暗礁に乗り上げた、市内最大級の団地建て替え事業。長年汗をかいてきた鈴木さんでさえ、一括建て替えについて「通らないのではと感じていたので、結果には驚いた」と振り返るほどだ。では、曲折を経ながらも実現した要因はどこにあったのか。団地再生に詳しく、桜台団地とも交流がある明海大学不動産学部の小杉学准教授(49)は「合意形成に向けて誘導するウェットな手法ではなく、メリット・デメリットを一人一人に平等に提示するドライなやり方を通してきたからでは」と分析する。
もともとは「郊外での団地の建て替えは現実的でない」と考えていたという小杉准教授。調査していた千葉県の事例では、建て替えの見通しが立ったので修繕を止めて準備を進めていたところ、想定外の反対で建て替えが頓挫。その後、建物の不具合が続いて居住環境が大幅に悪化する様子も目の当たりにしていた。
だからこそ「建て替え推進決議で得た4分の3を、5分の4まで増やすのは至難の業だったはず」と指摘。その上で「民間企業が関与すると建て替えありきで誘導しがちだが、まちづくりの視点から考える住宅供給公社だから、それをしなかった。最終盤でも、住民に建て替えへの賛成を求めるのではなく、否決でも良いので棄権せず、一人一人がこれまでの議論に目を向けて意思決定をしてもらうための努力が実ったのでは」と評価する。実際に、老朽化する建物の安全面や資産価値への影響も丁寧に説明され、住民が自ら判断しやすい環境が醸成されていたという。鈴木さんも「そうした場づくりを公社はフラットな立場で進めてくれた」とうなずく。
「より住民の目線に近い市の公社として、自身が前面に出すぎなかったのもよかった」とも語る小杉准教授。建物老朽化や不動産市況の影響で、今後さらに難しさを増す郊外の団地再生を巡り、こう期待を口にする。「土地の価値が解体費用を下回ってしまうと、建物が老朽化したまま放置されてしまう恐れすらある。建て替えられない団地も増えてくるだろう。そうした団地に住む人々をサポートすることも、まちづくりを使命とする公社の役割になっていくのではないか」
つくる、つなげる、再生する―。日本最大の基礎自治体・横浜市にあって、時代ごとに直面する都市課題に対応し、まちづくりを支えてきた横浜市住宅供給公社。くしくも設立された年に完工した「同い年」の桜台団地の再生に道筋を付けることができた。これからも、「公」の立場からまちづくりに徹する姿勢と、蓄積したノウハウの活用を通じて、新たな時代に求められる役割を果たし続けていく。
(編集・制作=神奈川新聞社デジタルビジネス局)
(提供=横浜市住宅供給公社)
専門家も「難しいと思った」建て替えが横浜で実現するまで
1965年の青葉台地区 [写真番号:969760]
1978年の青葉台駅前。桜台団地は中央やや左奥方面 [写真番号:969763]
2014年5月に開かれた説明会 [写真番号:969764]
解体前の桜台団地 [写真番号:969765]
団地建て替えについて語り合う鈴木さん(右)と小杉准教授 [写真番号:969766]